【沖縄珍道中・コザ編】NHKで観た24時間スナックを探しに息子とドライブ。その後、最強の定食に出会った話。

二人の息子と間にワンコ。夕陽に向かって座ってる後ろ姿 子どもにまつわる.etc

長男と二人、何気なくテレビを見ていた。

流れていたのは、NHKの『ドキュメント72時間』。

画面に映る街を眺めていると、なんとなく沖縄っぽいなぁ……と思ったら、やはり沖縄であった。笑

舞台はコザ。しかも、24時間営業のスナックだという。スナックといえば、夜になってから扉を開けるものだと思っていた。それがテレビのナレーションでは、朝も昼もずっと開いているという。

親子で感心しながら見ているうちに、気になってきて調べてみたら、ここからなら車でそう遠くはないらしい。

それなら、ちょっと行ってみようか!ということになった。

沖縄珍道中。今回の行き先は、テレビを見ていたら、ノリで決まったのである。

24時間開いているから入りたいんだけど…

24時間営業なら、今から向かっても、もちろん開いている。

私の気持ちは、すでに店の中に向かい、ジョッキを持っていた。ところが長男には、夜、友人と会う約束があるという。そもそも車の運転も頼んでいるので、お酒は飲めない。

私だけ飲むことはできるけれど、せっかく二人で出かけるのに、それもどうだろうか、と。

今回は街を見に行って、お店に入るのは次の機会にしようと決めた。

24時間開いているお店へ向かうのに、入らないことを先に決めているという、なんとも不思議なスナック訪問である。しかし、まだ訪問すらしていないのだが。笑

車の窓から見るコザの街

長男の運転でコザへ向かい、ゲート通りのあたりを車で巡った。窓の外は、ずいぶんアメリカンな雰囲気だ。

通りを歩く人たちにも、基地の街らしさを感じる。もちろん、見ただけでその人が何をしているかはわからない。それでも、いつもの自分の街とは違う空気があった。

この日は天気もよく、気温は30度を超えていた。

さすが沖縄、気温高め、湿度上々、そして空は、青い。

青い空を見て「青い」としか言えないのもどうかと思うが、本当にそうなのである。晴れ渡った空の下では、街の景色までくっきり見える。

私は助手席から、気になったところを写真に収めた。

肝心のスナックがどこにあるのかは、結局わからなかったので、車から降りることもなく、今回は街を眺めるだけ。

目的のお店は見つけられなかったけれど、来てよかったと思った。テレビの向こうにあった街が、今は車の窓のすぐ外にある。それだけでも、なんだか面白い。

この街にも積み重なった歴史がある

街を眺めながら、長男とコザ騒動の話になった。

1970年12月、まだ沖縄がアメリカの統治下にあった時代。米軍人による交通事故をきっかけに、住民の怒りが噴き出し、米軍車両への放火などが起きた出来事である。

その背景には、米軍人による事件や事故、その扱われ方に対して、住民のあいだに積み重なっていた不満があったという。

長男は、当時「人は傷つけるな」という声もあったと聞いたことがあるらしく、そんな話をしてくれた。

ただ、実際には負傷者も出ている。車が燃えたという出来事だけで、簡単に語れる話ではない。

戦後の沖縄を舞台にした、妻夫木聡主演の映画『宝島』も、ぜひ観ていただきたい。真藤順丈の直木賞受賞小説を、大友啓史監督が映画化した作品である。

今、窓の外に見えている明るい街並みだけからは、当時の切迫した空気まではわからない。それでも、同じ街に、そういう時間があった。

私は平和が好きだ。

人と争うのも、できれば避けたい。けれど、穏やかに話しているだけでは届かなかった声や、長いあいだ飲み込んできた思いもあったのだろう。

争いを好まないという自分の気持ちと、当時の人たちが置かれていた状況を知ろうとすること。その両方を私は感じ、持っていたいと思う。

奇しくも私が生まれたのは1972年。沖縄が日本に復帰した年である。

今年で54歳になった私が、沖縄で合流した息子と、この街の歴史を話している。

偶然ではあるけれど、どこかに縁を感じなくもない。

私に大きなことができるわけではない。それでも、こういう出来事があったと知り、身近なところで語り継いでいくことはできるのかもしれない。

かなり前になるが、ひめゆりや平和祈念公園にも足を運び、手を合わせたことがある。

歴史の話だけでなく、私が54年のあいだに経験し、見たこと、考えたこと、失敗したことも、子どもたちには少しずつ伝えていきたい。

もっとも、失敗談なら、話す材料には当分困らない。

今回は長男から教わることも多かったが、親が一方的に話すだけでなく、こうして息子と対等に話せるようになったことは、非常にうれしい。

車の中で街を眺めながら、そんな話をする。

観光地を回るだけが、旅ではないのだなと、心から思った。

その名も「最強食堂」

街を巡ったあとは、長男が知っているという食堂へ向かった。

沖縄、最強食堂に着いた二人。

その名も、最強食堂。

「最も強い」と書いて、最強。ずいぶん頼もしい名前である。

そして、出てきた定食を見て、なるほどと思った。

量が、強い。

私が頼んだのはレバニラ定食。長男は野菜炒め定食。

どちらも、なかなかの山盛りだった。しかも、ご飯のおかわりは自由らしい。

目の前にある分だけでも十分なのに、まだ先がある。作り手のほうは、こちらの胃袋をずいぶん信用してくれていると見た。ニヤリ。

今回は、二人合わせて2,000円でお釣りが来るくらいだった。値段も量も、名前に負けていない。やるな、最強食堂。

店には、あとからあとからお客さんが入ってくる。

学生らしい若い人たち。よく日に焼けた、仕事の合間なのかなと思う人たち。年配の男性も、女性も、それぞれの席で食事をしている。

その人たちの職業や暮らしを、私が知っているわけではない。

わけではないが、みんながここでしっかり食べて、またそれぞれの日常へ戻っていく。そんな街の食堂の空気が、とても私を沖縄にさせてくれる。やるぜ、最強食堂。

おじぃ、おばぁの前にある定食も、なかなかの迫力だ。私より、よほど頼もしく見える。

こちらは54歳にして、山盛りのレバニラを前にちょっと気合いを入れているというのに。

いやはや、私もまだまだである。

いろいろな人が同じ店に集まって、それぞれにご飯を食べている。

私は、こういう場所が大好きだ。

父の前には山盛りレバニラ、長男の前には野菜炒め。

私が見たいのは「普通の暮らし」

きれいな観光地へ行くのは、もちろん楽しいと思う。

映える写真を撮るのもいいし、それを誰かに見せるのも良いと思う。

しかし、私の好奇心が躍動し、動くのは、そこで暮らしている人たちの日常が見える場所なのだ。

テレビに映った24時間営業のスナックも、長男に連れてきてもらった山盛りの定食屋も、そこには人の生活がある。

そこで、どんな人が、どんなふうに時を過ごしているのだろう。寂しい人もいれば、疲れた人もいるだろう。そんな人たちからは、どんな話が聞けるのだろう…。そして私はどんな思いでそれを聞けるのだろう…。

そんなことを思いながら、一人のお客さんとして、そっと席に着いてみたい。

普通にご飯を食べたり、いつかは一杯飲んだり。その場の空気を、少しだけ一緒に味わわせてもらえたらうれしい。

できれば、地元の人のような顔をして、さりげなく。

何しろ、私の顔は自分で言うのもなんだが、結構、『沖縄寄り』なのである。笑

もっとも、顔だけなじんでも、山盛りの定食や、昼からビールジョッキなどを前にキョロキョロしていたら、すぐに他所者とばれそうだ。

今回、24時間スナックは諦めた。

それでも、コザの街を眺め、長男と歴史を話し、一緒に腹いっぱいご飯を食べた。

十分に、いい寄り道だった。

次は、必ず24時間スナックにも行ってみよう。

そのときは、二人で飲めるように、帰りの足を先に確保しておこう。
心と身体の準備も忘れずに。 

あ、お財布の中身も、ね。

「飛行機の遅延を経て、長男と合流した初日の話」はこちら。

「移動中に出会った沖縄の言葉も、旅の楽しみのひとつだった話」

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