8月6日、広島
8月6日。
広島平和記念式典の様子をテレビで見ながら、原爆で犠牲になられた方々、そして戦争によって尊い命を失われたすべての方々へ静かに祈りを捧げ、哀悼の誠を想う。
戦争を実際に経験していない私たちだからこそ、忘れてはいけない日であり、我々の世代のみならず、次世代へ伝えていかなければならない日でもあると思う。
私にとって8月6日は、平和について考える日であると同時に、息子たちの成長を思い返す特別な日でもある。

息子たちを広島平和記念式典へ
我が家の息子二人は、中学生の頃、それぞれ学校の代表として広島平和記念式典へ参加する機会に恵まれた。
この事業は、市町村の支援を受けて行われる平和学習プログラムで、各中学校から参加できるのはわずか一人。
長男は中学2年生の時。
次男は中学3年生の時。
もちろん別々の年に、それぞれ一人で参加をした。
一泊二日の研修では、初めて会う他校の中学生たちと寝食を共にし、平和について学び、語り合い、広島という特別な場所で多くのことを感じ取って帰ってきたんだな、と毎年改めて思う。
親として何より嬉しかったのは、記念式典への列席経験だけではなく、見ず知らずだった子たちと友人になり、高校へ進学した後も交流が続くような出会いを得られたこと。
このような機会を頂き、同じ場所で同じ空気を吸った存在が、同じ地域にいる。こんな事を感覚として味わえる、と言うことは、そう多くは無いと思う。事実、私は無い。
平和学習という貴重な経験が、人とのつながりまで育んでくれたこと、これこそが本当の意味での”学び”なのかもしれない。

「教育熱心」とは?
最近では、中学生になると学習塾へ通うことが当たり前になっている。
いや、小学生からか?
そもそも必要なのか?小さい子が暗くなる道を、一人歩きゆく姿が少々痛々しい。
スポーツも然り、小さい時から無理をした結果が自身の成長に対し、大きくマイナスに傾いた経験をした子たちのなんと多いことか。勉強もそう、高学歴を望むそのやり方、取り組みは本当に子どもたちの成長に汲みするのか?甚だ疑問である。
ただ、もちろん甚だ疑問ではあるが、それを否定するつもりは全く無い。
それぞれの家庭、それぞれの思考、自由にすれば良いと思う。私見を述べれば、👆であるだけ。
さて、我が家といえば。
いわゆる教育熱心な家庭では全然なく、個人の意見重視、自由奔放。
友達と遊ぶ時間、部活動、趣味、親は全力で応援するのみ。当然、お迎えなど行かない。自分で帰って来ることの出来る時間と距離を自分たちで計算する。
そんな中、親としてたった一つ、子どもたちに伝えてきたことがある。
それは、
「学校だけは休まず行きなさい。そして先生の授業をしっかり聞いてくること。」
これだけ。
授業をきちんと受けていれば、塾は必要ない。
遊ぶ時間や趣味の時間を割く事もない。ましてや寝る時間や楽しい食事を削って塾なんて…。
かなり私の本心を語ってしまった。読者の中には気になさる方もいると思うので、謝っておきます。
申し訳ありません。

教育費は学費のみ
教育にかけた費用はほとんど無い。
中学にもなると、塾代は月3〜5万、夏期講習やら模試やら入れると年間で70〜80くらい掛かるらしい。
私は彼らの将来のために、塾に使ったつもりでジュニアNISAへ投入。※この頃はジュニアNISAがまだあったので運用運用。現在、塩浸かっている資金も散見されるが、来たるべき時のために温めてある。
学校関係で掛かったお金と言えば、長男の弓道具(これは数年して〜現在〜私が使うことになるので、まあ良いか)次男がキーボード(これも耐用年数が長いので良)。あとは通学用の自転車(長男キャノンデール&次男ビアンキ)これらも3年間の定期代などを考慮すれば、安い物である。
親孝行を地で行ってくれた、感謝。
また、二人とも、それぞれの進路はそれぞれで考え、努力し、地元では進学校と呼ばれる高校へ進学をした。
長男は公立高校→国立大学
次男は私立高校。
どちらも友人に恵まれ、部活動やサークルを楽しみ、自分の趣味にも夢中になり、アルバイトなどをし、学生生活を思う存分楽しんでいる。
現在、長男は就職を控え、次男は大学進学を目指して毎日を過ごしている。
親として、ありがたい限りであることは言うまでもない。
無理はしない、背丈で良い
私たち家族が大切にしていること。
それは、
「無理をしない」
誰かと比べる必要はない。
偏差値だけを追いかける必要もない。
大切なのは、自分の歩幅で、自分らしく人生を歩いていくこと。背丈以上は必要ない。
人生は学歴だけで決まるものでは全くない。高校中退の私は断言できる。
どのような人たちと出会ってきたか、また、どれだけの人たちと出会うか。だけだと思う。
「人として人と出会い、人として人に迷い、人として人に傷つき、人として人と別れて、それでも人しか愛せない」のである。
祖父の言葉、戦争を生きた人の言葉
そんな8月6日、祖父の言葉を思い出す。
「学歴や戸籍がメシを食うわけではない。人が食うんだ。」
私が子どもの頃には意味が分からなかった。
しかし年齢を重ね、仕事をし、人と出会い、家族を持った今、その言葉の重みを痛感している。
どんな肩書きよりも、人柄。
どんな学歴よりも、誠実さ。
どんな資格よりも、信頼関係。
人生を支えてくれるのは、結局は「人」なのだと。
今にして思えば、私の思考の根っこは祖父から教わったものなのかもしれない。
祖父は私にとって、優しすぎるくらい寛容で、どんな失敗をしても私を愛してくれた存在だった。
いつもそばにいてくれた。
今でもあの優しい笑顔が思い浮かぶ。
平和だから
広島で学んできた子どもたち。
自由に学校へ通い、友人と笑い合い、部活動に汗を流し、将来の夢を語ることができる。
そんな当たり前の日常は、平和があるからこそ成り立つ。
8月6日は、戦争の悲惨さを忘れない日であると同時に、「今ある日常」に感謝する日でもあると思う。
ただの「式典がある日」ではないのだ。
子どもたちが安心して夢を追い続けられる社会であってほしいと、心から願う日でもある。

おわりに
親として子どもたちに残せるものは、財産でも学校教育でもないのかもしれない。
「人を大切にすること」
「感謝を忘れないこと」
「自分らしく生きること」
親の背中で、私たちの言葉で、少しでも大切なことを彼らに伝えて行けたらと思う気持ち、それだけかもしれない。
今年も8月6日を迎え、広島へ、そして戦争で命を落とされたすべての方々へ、心から哀悼の意を表します。
どうか、この平和な日常が未来の子どもたちへと受け継がれていきますように。

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